2021.7.24 がんと言う病について
最近知り合った10代の女性が、がんになったと知人から連絡を受けました。
知り合いや身内ががんになった、と聞けば、まあ周りは狼狽します。
反応も人それぞれですしね。
しかもそれが若いとなると、なおさらかもしれません。
私も久しぶりに、いろいろと考える機会をいただきました。
私がカウンセラーとして出番があるかと言えば、それはわかりません。
必要とされない限りは、ね。
ただ、病気の話を聞いた人たちの反応を見たときに、皆それぞれの受け止め方があり、それぞれの感情があるのを感じます。
特にがんになった女性と親しければ親しいほど、感じるものの大きさは計り知れないでしょうしね。
今や3人に一人ががんになるといわれている時代です。
私などの年代では、がんは「不治の病」のイメージが強かったのですが、最近では、がんの種類や進行度によりますが、8割は治る病気ともいわれています。
まあ周りの人が狼狽する以上に、当の本人はもっと大変でしょうしね。
カウンセラーの視点で見ると、当の本人もそうですが、それ以上に周りの人たちのことも気になります。
病気になった人のケアをする、というのは、患者をケアするのはもちろんのこと、患者の家族や友人、知人などをケアすることも含まれると私は感じています。
私は、いつ呼び出しがかかってもいいように、そして、ショックを受けた人の心を支え切れるように、準備をして待つのみです。
私が必要とされなかったとき、それは平穏無事な証拠。
そうなるのが理想的と言えるでしょう。
ま、今こうして書いてはいますが、私の努力が無駄になることを、私自身が切に願っているわけです(笑)
因果な商売ですなぁ、ほんと。
知り合いの女性は、近日中に手術するとのこと。
無事に手術が終わり、そして無事に完治するよう、今は祈ることができます。
そして、祈りが通じる自分を、信頼すること。
できることがあるなら、全力でやるのが私のモットーです。
わずかな期間ではありましたが、かかわったのもまた何かの縁ですからね。
私は私のできることをしていこうと思います。
今回の件に限らず、大切な人が苦しんでいるとき、落ち込んでいるときなど、どうしていいかわからない時があります。
そんなときは「それでもできることがあるとしたら」と考えてみます。
祈ることもその一つですよね。
できることが何もない、と感じたとき、自分を無価値だと責めてしまいますからね。
自分を責めるよりも、できることに目を向けてみる。
そうすれば、たとえそれが無意味であったとしても、自己満足であったとしても、きっと何かが得られます。
ただ、迷惑はかけてはいけませんよ。
ちゃんと相手のことを考えてあげないとね。
さて、私も自分ができることをするとしましょうかね。