2021.5.9 大人の目線、子どもの目線

このコラムを書こうとしていたとき、偶然ですが、テレビで宝塚音楽学校を受験する18歳の女の子の話を2日連続で見たんです。

テレビで見ていると、まあどんどん感情移入していくわけですよ。

1日目は元妻と見ていて、

「是非この子には合格してほしい」

とか、やっぱり力が入ってくるんですよね。

そして、テレビに登場していた全員に合格してほしい、という気持ちも出てくるわけです。

しかし、そこは試験ですから、全員を合格させるわけにはいきませんよね。

だけれども、ほんとうに受験生全員がんばっているわけですから、周りで見ている大人たちも大変だと思います。

このテレビ番組を見たとき、わたしはふと感じました。

大人が子どもたちにしてあげられる事って、どれくらいあるだろう。

大人の目線からすれば、自分の子どもがどれだけ頑張っているかを目の当たりにしていますから、できるならば子どもの頑張りに報えるだけの結果を授けてほしい、とは思いますよね。

中にはそこまで辛い思いをするくらいだったら、やめてもいいのに、とか、夢を追いかけるのではなくて、もっと堅実に生きた方がいいのでは、と思われる方もいるでしょう。

確かにその考えも正しいと私は思います。

しかし、夢を追いかけることもまた、私は正しいと感じています。

宝塚音楽学校を受験して、合格できなかった少女たちは、私はみんなベストを尽くしてチャレンジしたんだと感じています。

それは結果として表れなかったとしても、そこで得た経験は、彼女たちの将来にとって大きな財産になるでしょうし、無駄にはならないでしょう。

同じように、甲子園を目指す高校野球の選手たちも同じことが言えると思います。

何かにチャレンジして夢叶わずに終わることって、人生の中ではたくさんあります。

それでも、たとえ叶わない夢だとしても、それにチャレンジすることには意味があると私は感じています。

大人の目線で見た場合、「それは無理だ」とか「できっこない」とか、やはり本人たちのことを思って言いたくなる時もあるでしょう。

もしかしたらそれ以上に、チャレンジしてうまくかなくて、落ち込む姿がみたくないから「やめておけ」という大人もいるでしょう。

中には、本当はやりたくないのに、無理やり子どもにやらせる親もいるかもしれません。

しかし、これは全て大人の目線であって、大人の都合かもしれないんですよね。

子どもがどのような目線で自分の将来を見据えているか、大人はその子どもの目線を信じてあげることって、大切ではないかと感じるんですよ。

自分の将来が全く見ることができない、そう感じる子どももいるでしょう。

そんな時に大人が子どもにしてあげることって、何があるでしょう?

大人の意見を押し付けることでしょうか?

それとも、自分が望んだ方向に進ませることでしょうか?

それとも、子どもの目線になって、いっしょに考えて、悩んで、そして子どもの選んだ道を信頼してあげることでしょうか?

親というのは、子どもがいくつになっても、子どものことが心配になりますよね。

でもそれは、自分たちの親が、自分たちに対してもっていた「心配」と同じなのではないかと私は感じます。

子どもたちを信頼する。

これは子どもたちと真剣に向き合わないとできないことです。

皆さんは、自分の子どもたちを信頼できていますか?

期待はしていませんか?

そして、子どもが夢破れたとき、子どもを暖かく包み込んであげられますか?

番組の中で歌やダンスを指導してきた先生は、不合格だった子供たちに対して、一人一人肩を抱いて、一緒に泣いていたんですよね。

子どもたちと真剣に向き合ってきたからこそ、夢が叶えば自分の夢が叶ったのと同じくらいうれしいし、叶わなければ自分の夢が破れたのと同じくらい、悲しいんです。

そしてこのことは、子どもたちだけに関わらず、夫や妻と、上司や部下と、そして自分と真剣に向き合っていくことで、信頼関係って生まれてくるのではないかと私は感じています。

心配するのではなくて、信頼するために、今自分ができることはなんだろうか。

もしかしたら、何もできないかもしれない。

何もしてあげられないかもしれない。

それでも、親として、大人として、一人の人間としてできることがあるとしたら、それは何か。

皆さんなりの答えを、探してみてくださいね。

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