2020.8.18 心理学講座「うそという名の箱~うそつきの心理学~③

(5)の楽しさからくるうそですが、これはテレビのどっきりカメラなどでおなじみですよね。

この楽しさから来るうそは、ある条件がそろったときに可能になります。

それは、うそをつかれたひとが、だまされた自分もだました相手も許し、笑い飛ばすことができたときに成立します。

うそをついている側がいくら楽しくても、だまされている側が深刻になってしまったら、それはいじめと同じなんですよね。

お互いがお互いを思いやる気持ちが大切ですよ。

(6)の悪意のあるうそですが、これは詐欺などの人の利益を損なったり、他人を傷つけたり陥れたり、利害関係があるところにはよく登場するものですよね。

詐欺師などははじめから被害者の持っている権利やお金などを奪い取ることを目的として、うそをつくわけです。

言い換えるならば、自分の利益だけを考えて、他人のことをまったく考慮しない、こんなときに悪意のあるうそが存在するのかもしれませんね。

余談ですが、詐欺師など人をだますエキスパートの方は、人をだますことに罪悪感がほとんどないんですよね。

なぜなら、回数や規模などは関係なく、ひっくるめて「罪悪感」だからなんです。

たとえば、彼氏が彼女に100回うそをついたとします。

この彼氏が感じる罪悪感は、うそ1回分なんですよ。

うそをつかれた彼女側は100回分の怒りと謝罪が必要と考えますが、うそをついた彼氏側は1回分なわけですから、当然話はかみ合わなくなりますよね。

まあこのお話はまた機会があればいたしましょうね。

(7)その他のうそですが、これは今までの(1)~(6)に分類されないパターンのうそですね。

ただ、正直どのようなものがあるか私もよくわかりません。

今わかっているのは(1)~(6)の複合型が考えられます。

これから研究する方が現れればはっきりわかってくる部分なのでしょうね。

以上、駆け足でお話してきましたが、私自身、うそについてはこう感じています。

うそはすべての人間が「してしまう行為」のひとつですから、おそらく人間にとって意味があることではないかと感じます。

もしかしたら、うそそのものには特に問題はないのかもしれません。

大事なのは、その「うそ」というものをどのような目的で、どう扱っているか、それぞれ個人の見方の一つなのではないか、と。

その見方を見誤ったり、扱いを間違えたとき、人は傷ついたり傷つけられたりするのかもしれませんね。

人には「うそ」を許容できるラインが、皆さん思い思いの位置にあります。

相手の許容ラインも、自分の許容ラインも正しく理解することが、うそで傷つかないポイントかもしれませんね

人がその行為を行うには、必ず理由が存在しています。

うそをつくこと事体、その人にとって「うそをつく必要がある」理由があるんですよね。

それは今回の7つの分類に当てはまるものかもしれません。

しかし、そこには相手の幸せや自分の身を守るため、利益を得るためなど、必ず「理由」が存在しています。

うそをつかれてしまうことには腹が立ちます。

うそをついてしまう自分にも腹が立つでしょう。

ただ、それらは正しいかどうかは別にして、うそをつかなければいけなかった理由に、想いをめぐらせてみてはいかがでしょうか?

人は赦されてこそ、そして赦してこそ愛を実感できます。

うそをつかないことはベストかもしれませんが、うそを赦せる器の大きさを持つことも、ぜひ検討してみてくださいね。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です