2020.11.25 相談すること
選択を迫られる事態がやってきました!
こういうときって、誰かに相談したくなりますよね。
ただ、私には相談する相手がおりません。
まあ、全部自分で考え、自分で結論を出す必要があるわけですよ。
最後にはね。
相談をする、という行為には、いろんな意味があります。
意見やアドバイスを聞くためであったり、方向性を見極めるためであったり、自分の回答に対する裏付けだったり、自分の心を整理するためであったり。
人は「対話」をすることで、自分を知ることができます。
自分だけで自分と向き合う、といっても限界があるわけです。
自分独りで身体全体を見ようとしたら、なかなか大変だと思いませんか?
あちこちに鏡を配置しないと、身体全体を見るのは一苦労ですよね。
でも、誰かに見てもらったら、ずいぶんと楽に身体全体を把握することができますよね。
どんな英雄でも、成功者でも、すべて一人で成し遂げた人って、ほとんどいないんですよね。
優秀な人材がいて、よき理解者がいて、それらの人たちに支えられて、ことを成就していく。
私が全然前に進んでいないもの、優秀な人材や、支えになる人たちを、全部手放しちゃったからなんですけどね(あほう)
たとえ誰かからどんな意見を聞こうが、最終的に決めるのは自分自身です。
選択する、というのは、「だれの責任にもできない」ことを意味しています。
だからみんな、選択することを嫌がるのでしょうね。
でも、選択しなければ、次に進むことはできないわけです。
ゲームのように、望まない結果になったらやり直す、なんてことは、人生においてはできませんからね。
確かにやり直しはできなくても、修正はできるんですけどね。
「選ぶ」ことは、変化を受け入れることでもあります。
自分が何を選択しても
その先、どのような結果になったとしても
その選択は、間違いなどではなく
必ず自分を成長させてくれるものになります。
悔いの残らない、選択をしたいものです。