常識の枠

自分の考えていることのキャパシティを超えるとき。

たとえば、10万円の予算で、皆が楽しめる宴会場を予約してほしいと頼まれた。

これくらいなら、まあ自分のキャパシティの範囲内に収まるかもしれません。

これが、1億円の予算で、国賓をもてなしてほしい。

だったら、さあ、皆さんはどう感じるでしょう。

あっという間にいっぱいいっぱいですよね。

私には無理だ、できっこない、自信がない。

できれば責任を回避したいから、いろいろ考えてしまうわけです。

自分の手に余る。

こういった事態は、日常生活ではよくあることですよね。

PTAのまとめ役を任されたり、重要なプロジェクトの責任者になったり、何百人の従業員の面倒をみたり。

例えば、新人さんが自分の職場に入ってきて「面倒を見てほしい」と言われても、いっぱいいっぱいになる人はいるわけです。

自分のことで精いっぱいなときは、たとえ一人でも手が回らなくなりますからね。

でも、実際に上に立つ人って、やっぱこのあたりがうまいわけです。

必ず自分を支えてくれる誰かをそばに置いていますからね。

まあできる人ほど、わがままだったりしますけどね(笑)

では、このキャパシティとは何か?

これ、常識の枠、なんですよね。

皆それぞれ、自分のキャパシティにあった常識の枠があるわけです。

で、その枠が初めから非常に大きかったり、枠そのものがない人がいたりするわけですよ。

そしたら、発想自体が、人が思いつかないような発想になるわけです。

世間では「変わり者」とか言われるかもしれませんね(笑)

でも、歴史に名を残している発明家などは、当時の人たちが考え付かないような発想で、次々と新しいものを生み出していくわけですよ。

皆さんにわかりやすく言うと、40年前はレコードとカセットテープが主流だったんです。

30年前からCDが普及して、25年前からはMDが普及した。

そして、15年くらい前から、iPodの登場で、全部が様変わりしちゃったわけですよ。

流行り廃りというのはもちろんありますが、その発想が世の中を変えてしまったわかりやすい例ともいえるかもしれませんね。

沢山の人がいろんなものを発想して、たくさんのものを生み出していく。

最初は多くの人のキャパシティを超えているから、なかなか受け入れられないですが、それが徐々にキャパシティになじんでいき、定番へと変化していく。

それがいいかどうかは別にしても、ね。

そこで、自分のキャパシティを広げるのか、現状のままでいるのかは、本来選択できるわけです。

ですが、現状のこだわることは、摩擦を生みます。

スマホと携帯、どちらがいいかというのは選べるわけですし、それは好みの問題ですよね。

しかし、自分は携帯電話だから、おまえも携帯電話にしろ。

これは摩擦を生むでしょ。

キャパシティに対して、頑固さがあると、まあいろいろトラブルや摩擦が起きるものです。

周りに迷惑もかけますしね。

スマホの良さもよくわかるが、私は携帯電話を使い続けます。

これなら、そのひとの「こだわり」だから問題ないわけですよ。

で、頑固な人ほどクレーマーになりやすい(笑)

こだわりの人は、比較検討したうえで、きちんと選択をしているわけです。

常識にとらわれている人って、けっこう頑固なのかもしれませんね。

ま、私もそうですけど(笑)

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