アイデンティティについて
立教大学の大野久先生からお話を伺ったことで、アイデンティティについてのお話がありました。
まあ私なりの解釈が多分に含まれておりますので、ご容赦のほどを。
エイデンティティとは、心理学者のエリクソンという方が提唱している内容として
自分が社会における~である自覚、自信、プライド、責任感、使命感、生きがい感
と定義しており、それは特別なことでもなんでもなく、ただ人並みにできていることそのものを受け入れている状態、なんだそうで。
例えるならば、母親として子供が危険な目にあったら、身を挺して子供を守ろうとする。
これは母親としてのアイデンティティなわけですよ。
そして、子供が無事なことや、子供が幸せに見えたとき、母親として自信を持ったり、生きがいを感じたり、そしてまた子供を守るという責任感や使命感、プライドが生じていくのもまた、アイデンティティなわけです。
自分一人を見てみても
親として
子どもとして
社会人として
パートナーとして
友人として
先輩・後輩として
いろんな立場の自分がいるわけですが、それらの自分の立場について、
自分は親である
自分は子供である
自分は社会人である
自分はパートナーである
自分は友人である
自分は先輩・後輩である
という自覚を持てること、それ自体がアイデンティティとなるそうです。
言い換えれば、自分が自分であることは当然として、自分は誰かにとっての○○という自分である。というのが、アイデンティティなのかな、と感じます。
大野先生曰く
社会において、自分が何者であるか、であって、アイデンティティと仕事は全く関係ない
とおっしゃってました。
アイデンティティで仕事を選ぶのではなく、仕事にあったアイデンティティを構築していく、のが正しいのでしょうね。
また、アイデンティティには「否定的アイデンティティ」というのがあって、
どうせ私は~
と思ってしまう部分って、否定的アイデンティティになります。
また、同時に、社会の目が「どうせお前は~」という目で見たとき、本人は否定的アイデンティティ(どうせ私は~)になることも当然あるわけです。
というわけで、今回はかなりまじめなお話となりました。