なさすぎる罪悪感は・・・
2月にフジテレビの「ノンストップ」という番組に出演させていただきました。
実はあの後、もう一度オファーがあったんですよね。
結果としてその話は流れてしまったわけですが、自分の中でそのときのテーマが、ここに着て煮詰まり始め、形になってきたので、じゃあ心理学講座にしてみようか、ということで、今回の心理学講座が始まります。
お題は「他人の秘密を暴露する人の心理」です。
人の秘密を暴露する。
まあされる側からしたらたまったものではありませんよね。
ただ、そんなことをする最大の目的は、いったいなんでしょう。
人の秘密を暴露する目的
大きく分ければ、3つに分類されます。
1人の秘密を暴露することで、自分が利益を得る。
2相手に復習する
3暴露したと思っていない。
1については、わかりやすいと思います。
言い換えれば「売名行為」みたいなものですよね。
中には、相手の足を引っ張って、自分がよりよい地位を手に入れたりとかね。
2についても、ドラマなどでよくありますから、わかりやすいと思います。
相手の秘密を暴露することで、自分も痛手をこうむるけれども、相手はそれ以上の痛手、たとえば社会的地位を失うとか、家庭を失うとかして、大きなダメージを与えるわけです。
そうして、相手に対して(自分に対しても含む)復讐を図るわけです。
3つめが今日のメインになります。
これは、当の本人が、まったく罪の意識がなかったり、暴露することをまったく悪いことと思っていない場合があります。
自分の中では終わったこと。
だから、人に話したところで何の問題もない。
話したら周りが騒いでいる。
何で騒いでいるのかわからない。
これが結果として「暴露」になっていることがありえるわけです。
まあ、人の秘密を暴露することだけに限らず、問題に対して罪悪感を持っていない場合、「何が悪いのかわからない」状態になりますから、この場合は一般的な常識や物事の考え方が通用しなくなるわけです。
たとえば、芸能人が不倫問題を起こして、謝罪をしたとします。
しかし、不倫をした当の本人が「何が悪いの?」と思っていたら、当然ですが、周りに謝意は伝わらないわけですし、態度も印象も悪くなってしまうわけです。
一時期話題になった「バイトテロ」も、当の本人に罪の意識って、ないんですよね。
問題としてとりあげられて、初めて罪の意識を感じたりする人もいますが、中には罪の問われても、「なぜ罪に問われるのかわからない」という人もいます。
いじめなどで、いじめている側にも、このような傾向を感じることがあります。
いじめている側に「いじめをしている」実感がないわけです。
なので「いじめをした」と周りから言われても、ぴんとこないし、罪に問われると「なんで罪にとわれなあかんねん」と感じる人もいるようです。
罪悪感で苦しむ人は、カウンセリングをしているとたくさん出会います。
そういう人たちは、罪悪感が過剰すぎるから苦しむわけであって、適量であれば、苦しむことはまったくないんですよね。
その逆で、罪悪感のない人は、まあほとんどカウンセリングで出会うことはありません。
私は何度かあったことがありますけどね。
罪悪感は、過ぎるのも問題だし、ないのもまた問題になるわけです。
何事も、やっぱり適量が一番というお話でした。