こころの「貯金」してますか?
今週はおそらく1年でも 、最も運気の悪い1週間となりました(T_T)
人にはバイオリズムというのがあります。
いい時もあれば悪い時もあります。
初めからわかっていれば、それなりの対策は取れるわけです。
それでも様々なミスやトラブルはきますけどね(笑)
月曜日からアポがあったのを度忘れしてすっぽかし、出すメール出すメールに誤字やミスが見つかり、添付ファイルは間違い、メガネやタブレットは置き忘れ、仕事の予定をダブルブッキングしてしまったりと、普段ありえないようなミスが続発しているわけです。
本当に疲れているのか、憑かれているのかわからないくらい、ひどい状況ですね(T_T)
それでも何とかなっているのが、すごいなと自分でも思うわけですが、これでもなんとかなるのは、今までの「貯金」があるからでしょうね。
この「貯金」というのは、今までに自分が積み重ねてきた「誠意」や努力、もっと簡単にいえば、自分がしてきたことが積み重なって、皆さんから赦されていたり守られていたりするわけです。
例えば、お店で働いているAさんとBさんが、注文を間違えるというミスを二人ともしたとします。
Aさんは店長から怒られ、Bさんは注意されますが、笑い飛ばされて終わり。
この差はなぜ起きるのでしょう。
実は、ちょっとした違いなんですよね。
決してAさんが仕事ができないとか、そういうことではありません。
例えば、Bさんはミスをしたときに、お客さんと店長にすぐ謝りに行きます。
Aさんは叱られるまで何も言いません。
一つ一つの仕事に対して、Aさんは一度聞いたことを自分の思い込み通りに仕事をして、Bさんはたとえ聞いたことであっても、何度も先輩に確認してミスを減らそうとする。
Aさんは与えられた仕事をきちっとこなす。けどそれ以上はやらない。
Bさんは、気が付いたことを手が空いた時に黙々と作業する。
Aさんは先輩の悪いところもまねる。
Bさんは先輩の悪いところを理解しつつも、できる限りまねないようにしている。
こんな書き方をしてしまうと、Aさんが仕事ができない人みたいに見えますが、そんなことはないんですよ。
覚えは早いし、仕事も早いし、動きも早い。人付き合いもいい。
一方のBさんは、覚えは悪いしちょくちょく物忘れはするし、動きも鈍い。ものもよく壊す。会計をよく間違える。人づきあいが悪い。
まあどちらも痛しかゆしなところはあるわけです。
それでも「赦される自分」であるということは、赦す側が「それくらいはまあいいか」と思ってもらえるくらい、積み重ねたものがある、ということです。
結果としては、AさんもBさんも愛されているんですけどね。
赦す側にも、赦される側にも、こころに「貯金」があったほうがいい、ということなのかもしれません。
それは「徳」という名の貯金であったり、「ゆとり」という名の貯金であったり、「愛」という名の貯金であったりね。
たとえ現実に貯金がなくても(泣)こころの貯金はしっかりと溜めておいた方が、人生そのものは豊かになるのかもしれませんね。