私の死生観

貴方が生まれた時 貴方は泣いていて周りの人は 笑っていたでしょう

貴方が亡くなる時 貴方は 笑っていて 周りの人は 泣いている

そんな生き方をしなさい

ネイティブアメリカン(インディアン)に伝わる言葉

というのを、ネットで見つけました。

これ、私の死生観にちょっと近いんですよね。

なので、目にとまったんだと思います。

私の死生観は

死ぬ3分前に、人生を振り返って、大笑いしていたい

です。

死ぬ3分前に、後悔ばかりしてしまう人生にはなりたくないですからね。

人というのは、失って初めて、そのものの大きさに気づくことがよくあるわけです。

恋人を失ったり、家族や友人を失ったり、愛犬や愛猫を失ったり。

その思いが悲しければ悲しいほど、それは自分が心から愛した証拠なわけです。

そして人は、その喪失感から自分を守る安全装置を、心の中に持ってもいるわけです。

自分が壊れてしまわないようにね。

まるでブレーカーが落ちるみたいに、一切の感情が感じられなくなる。

そうすることで、心が壊れることを防ごうとするわけです。

自分が此の世を去る時

どれだけの人が悲しんでくれるのか

それはさすがに、生きて確認することはできないわけですよ。

江戸時代にそんなことした人がいたそうですけどね(笑)

自分を死んだことにして、葬式を出したら、思ったより人が集まらなくて、失望して死んじゃった。

そこまでして知りたがらなくてもねぇ(笑)

忘れてはいけないこと。

個性や性格、人生など、二つとして同じものはないわけで、自分だけのものです。

ですが、生まれてくることと、死ぬことは、全員に共通であり、平等なんです。

中には、望まれずに生まれてきた人もいるかもしれません。

誰からも愛情を実感できなかった人生だったかもしれません。

でも、人生の最後に、愛する人のそばで笑顔で旅立てるのであれば、それは最高の人生だったと言えるかもしれません。

ネイティブアメリカンの言葉は、優しくも鋭く、今の自分を省みることを示唆しています。

今までの人生がどうであったにせよ

これからの人生がそうあるために

今からでも、できることをやってみようじゃないですか。

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