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2018/1/21 自分の本質、自分のあり方

奉仕する、という言葉があります。

 

意味を調べますと、

 

利害を離れて、国家や社会などに尽くすこと(コトバンク)

 

と書いてあるわけです。

 

まあ、そういう意味ですよね。

 

私的な解釈で言いますと

 

見返りを一切求めずに、ただみんなに与えること

 

となります。

 

ま、自分が好きでやっていることですから、見返りなんて期待してないわけですよ。

 

別に苦にもならないですしね。

 

ただ、普通なら「そこまでしてくれたら、何か裏があるんじゃないか」とか「何かを返さなければいけないんじゃないか」と思うらしいですね。

 

別にいいのにねぇ。

 

ちょうだいって言う人には、してあげませんけどね(笑)

 

自分が好きでやっていることって、結果自己満足なんですよね。

 

新年会のときに、皆に飲み物や食べ物を取ってあげたり、空いた皿を片付けたり、ごみを拾ったり、幹事をかってでたりするのも(めったにしませんが)、好きでやっていることなわけです。

 

まあ、正直なところ、見返りを求めていないわけでもないんですよね。

 

私にとっての見返りは、みんなの笑顔。

 

みんなが楽しそうに笑っていてくれることが、私にとっての見返りになるわけです。

 

だから苦にならない。

 

そして、それは誰に気付かれなくても構わない。

 

自分だけが知っていればいいことですからね。

 

欲がないといえば、確かに欲がないのかもしれません。

 

でも、自分の欲以上に、得られるものに喜びを感じられるわけですから、まあしゃあないですわ。

 

でも、これはこれで、ちと問題もあるぞ、と最近感じるところがあるんですよ。

 

例えば、好きな人ができて、その人の幸せを願うわけです。

 

本当であれば、自分とパートナーになって、一緒に幸せな人生を歩む、と夢を持つのが普通の考え方だと私は思うわけです。

 

しかし、私はその人が幸せであれば、私自身がパートナーになる必要はない。

 

と考えてしまう。

 

でも、その人が幸せになるための努力は惜しまない。

 

自分の幸せがすっぽり抜けているんですよねぇ。

 

これって、どこからこんな考え方が来ているんだろう?

 

で、その答えもすぐに見つかりました。

 

森村誠一の小説「純愛物語」に、実はすごく影響を受けているようです。

 

まさか30年以上前に読んだ本に、こんなに影響されていたとはねぇ。

 

誰かのために尽くすこと

 

それは私の本質であり、私自身のあり方なのかもしれません。

 

ま、そんな自分を気に入っているんだから、これからも続けるのでしょうねぇ。

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