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2018/1/11 「孤独」と「孤独感」

神戸に帰省中も、コラムを書くことは続いておりました。

 

このコラムも、実家から一番近い駅前のドト○ルで書いてますからね。

 

ただ、実家から一番近いのが、徒歩とバスで40分くらいかかるんですよ。

 

実家の周りって、お店と呼ばれるものがほとんどありませんから、当然喫茶店なんてないわけです。

 

コラムひとつ書くにも、通勤している感覚ですよ(笑)

 

そう考えたら、生まれ育った場所って、田舎なんだなぁ、と感じるわけです。

 

昔は、この町が世界のすべてだったんですよね。

 

成長していくにつれて、世界が広がっていって、どんどん範囲が広くなっていって、今の自分がいる。

 

ただ、広がりすぎた分だけ、見落としていたものや、忘れてしまっていたものもたくさんある。

 

自分の原典に触れるような、そんな感覚を感じられる時間になりました。

 

ただ、本来であれば、私自身が家族を持ち、生活を営み、普通の人生を送っていたのかもしれない。

 

同窓生たちと逢うとき、やっぱみんな家庭があって、生活があって、そんな当たり前のことがあることが、ちょっとうらやましくなることがあります。

 

まあない物ねだりなんでしょうけどね。

 

その分私自身、自分のやりたいように生き、同窓生ができなかったようなことをいっぱいしてきたわけですから、それはそれでいい人生だったと思います。

 

自由に生きる。

 

その言葉の本当の意味を、もしかしたら私は感じているのかもしれません。

 

自由に生きるということは、理解者が得られない限り、すごく孤独な世界なんだと。

 

私はずっと、自分は孤独なんだと思ってきたのですが、それはただの孤独感なだけであって、本当の孤独って、こういう感じなんだ、と。

 

人と繋がれていないと感じたとき、孤独感を強く感じるわけですが、それとは関係なく「孤独」そのものを感じると、こんな感じなのかもしれませんね。

 

それはいいとか悪いとか、という物差しではなく、なんか長い間解けなかった問題が、ふとしたことで「あ、そういうことか」と理解できたような感じでしたね。

 

自由に生きる

 

これは孤独を受け入れる、と同じ意味なのかもしれません。

 

自分の好きにしていい、というのは、まだ自由ではないんですよね。

 

自由というのは、自分で選択できる、という事なのかもしれません。

 

自由がない=選ぶ権利がない

 

みたいな感じですよね。

 

ただし、責任は選んだ人、ですからね。

 

自由の本質

 

孤独の本質

 

そんな部分に、ちょっと触れたような感じがした瞬間でした。

 

 

 

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