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怒りとけんかのコミュニケーション⑫

第10章「けんかのプロセス」について

  

段階 本当に伝えたいことは何か

 

さてさて、けんかがエスカレートしますと、お互いの話し合いも平行線になり、ほとんどの場合が途中でやめてしまうわけですが、実際にはその続きがすごく重要なんですよね。

 

ここで皆さんに質問ですが、皆さんは相手とけんかをしたくてけんかをしているのでしょうか?

 

もちろん多くの場合、けんかをしたくてしているわけではなく、できればけんかをしたくないと思っている人の方が多いと思います。

 

ではなぜ、それがけんかになってしまうのでしょう。

 

けんかもコミュニケーションのひとつの方法ですから、その目的は「相手に自分の気持ちを伝える」ことにあります。

 

それがうまく伝わらない、勘違いされてしまう、防衛されてしまうなど、何らかの理由でコミュニケーションがうまくいかなくなってしまい、結果として「理解する」ではなく「わからせる」方法に変化してしまっているからなんですよね。

 

それは聞き手にもいえることで、聞き手も相手の伝えようとしていることを「理解する」のではなく、自分の意見を「わからせる」ことに集中してしまうからこそ、お互いがぶつかり合ってしまうわけです。

 

けんかの最大の目的、というより、コミュニケーションの最大の目的は、相手が自分に何を伝えようとしているのか、そして自分が相手に何を伝えようとしているのかを理解し、その違いをお互いが把握した上で、擦り合わせをしたり、違いを受け入れ合ったりすることなんですよね。

 

けんかの第5段階では、「自分が相手に本当に伝えたいことが何なのか。」そして「相手が自分に本当に理解してほしいことが何なのか」をお互いが考えます。

 

そこには必ず「自分との違い」があるわけです。

 

その違いが受け入れられないとき、けんかは平行線になります。

 

そして、その「お互いの違い」が受け入れられなくても、「ああ、私とあなたとではここが違うのね」と違いがあることを認め合えるだけでも、お互いの理解が進んでいきます。

 

実は、相手に「本当に伝えたい事は何か」を考える事が第5段階のメインになるんですよ。

 

けんかをしているとき、怒りが強ければ強いほど、自分を見失います。

すると、自分が相手に何を伝えたかったのか、そして相手が自分に何を伝えたいのかがわからなくなるんですよね。

 

本当に伝えたいことって、シンプルでストレートなものがほとんどです。

 

それは「寂しい」であったり、「不安」であったり、「しんどい」であったり、「怖い」であったり、言葉にしてみれば非常に簡単なんですよね。

でも、それを伝えようとしたときに、なぜだか人は素直に自分の感情を伝えられなくなるんですよね。

 

怒りの感情というのは、私たちが「感情のふた」と呼んでいるくらい、他の感情を覆い隠してしまう主張の強さを持っています。

 

しかし、その強さが、本当に相手に伝えたい「自分の中の弱い部分」を覆い隠してしまうんですよ。

 

すると当然、相手には伝わらなくなるわけです。

 

しかし、けんかの最中でこの「相手に何を伝えたいんだろう」「相手が何を伝えようとしているんだろう」を考えることができれば、お互いの関係は次のステップへと進むことが可能になるわけです。

 

そして、第6段階の「理解」へと進んでいきます。

 

 

 

第6段階 理解

 

自分が相手に伝えたいことは何か、相手が自分に伝えたいことは何かをお互いが考え始めると、必ず最後にある着地点に到着します。

 

それは「ああ、なんだ、そういうことだったのか。」ということです。

 

これはどちらか片方ではなく、お互いが相手が何を伝えようとしているのか、自分の何が伝わっていなかったのか、自分と相手の違いが何かを明確にした結果、一つの共通した答えがここで生まれるわけです。

 

ここまでくると、お互いの関係にある変化が現れます。

 

ところで、皆さんはけんかをいいものだと思っていますか、それとも悪いものだと思っていますか?

 

ほとんどの方は、けんかをいいもの、自分にとってプラスとは考えていないと私は感じます。

 

他人同士がけんかをしているのを見ていても、それはいいものとは感じられませんし、お互いの醜い部分のぶつけ合いをしているようにも見えてきます。

 

でも、そんな風に相手に自分の醜い部分をぶつける機会って、実はあまりないんですよね。

 

普通、自分の醜い部分を見られたら、人は自分を愛してくれると思いますか?

多くの人はそうは思わないのではないでしょうか。

 

では、さらに質問ですが、自分の醜い部分をたくさんぶつけて、それでも自分のことを愛してくれるのだとしたら、これはどんな気分になるでしょう?

 

相当うれしいかもしれませんね。

 

ここまで自分の醜さを出しても、相手に嫌われなかった。

 

これは自分にとって大きな自信になります。

 

すると、お互いのつながりは「ここまで醜い自分を出しても嫌われない」ということになり、より強いつながりがお互いに生まれるわけです。

 

ここまで読んでみて、お気付きになりますか?

 

けんかの目的の一番根っこにあるもの、それは「愛を感じたい」という思いがです。

 

つまり、けんかをするということは、どこかで愛情が感じられない状態になっていて、無意識に「愛」を求めている行動の一つだといえるのかもしれません。

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