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自由になるための「不自由」


 
前回のコラム「「自由」にやってみること」からの続きになります。
 
自由に演奏するためには、自由に演奏できるだけの技術と、演奏するための知識が必要になります。
 
しかし、その技術と知識を得るためには、たくさんの練習と学びが必要なんですよね。
 
練習や学びは、はっきり言って自由ではありません。
 
ひたすら決められた事を繰り返していくだけですからね。
 
打楽器にしても、三線にしても、その他の楽器にしても、必ず「基礎練習」というのがあります。
 
これは、どれだけうまくなっても、上達したければ毎日行います。
 
私は最近さぼっています(笑)
 
全く自由ではない、基本的な反復を毎日繰り返す事で、初めて自分がしたい表現ができるようになっていく。
 
言い換えるならば、自由を手に入れるために、自由を手に入れられたときに、自分が表現したいものを表現できるだけの力を付けておかないと、自由になってもあまり意味がない、と言う事になってしまうかもしれません。
 
自由になるというのは、自己責任において行動する、ことと同じですからね。
 
不自由な状態のときに、いかに自分のスキル(心のスキルも含む)をあげておくか。
 
これは、自由になったときに非常に重要な意味を持つ、ということですね。
 
 
三線で古典音楽を演奏しておりますと、自由に演奏する、といっても、いろんな決まり事があるんですよ。
 
三線の持ち方とか、三線や手やバチの角度とか、指の押さえ方とかね。
 
これは、長い年月、いろんな経験から「この方がいい音が奏でられる」「こうした方がいい演奏ができる」といった「経験の積み重ね」から生まれているわけです。
 
これを「伝統」と表現してもいいでしょうね。
 
今回のテーマである「自由」とは正反対のお話になりますが、はじめは自由だったものが、あることにこだわった結果、ベストの結果が見つかれば、それは自由ではなく、「基本」へと変化していくのかもしれませんね。
 
バイオリンなどは、いい音を奏でるという目的にこだわった結果、あの形になったわけですからね。
 
残念ながら、人の心は、ベストの結果というのがありません。
 
正確に言うと、人によって、みなベストが違うんですよね。
 
ですので、Aさんにはこのやり方がベストだったけど、Bさんにとっては、このやり方がベストだとは限らない。
 
なんて事がよくあるわけです。
 
その意味で、カウンセリングは自由であり、またクライアントさんに合わせた「オーダーメイド」になるわけです。
 
子育てに手本なし
 
と言われているのと同じですね。
 
私たちカウンセラーは、クライアントさんの「こころ」にあった服をオーダーメイドで作る職人なのかもしれませんね。

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