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かわいそうという心理

先日、飲み会で、Kさんがこんなことを言っていました。

 

「Aさんは子供の頃、毎日険しい崖を降りていって、生活のための水を汲んでいた。

水道が整備されたのが昭和60年代になってからで、それまでずっとそんな生活だったのを聞いて、Aさんがかわいそうでかわいそうで。

そして、そんな事も知らずに普通に生活していた自分が申し訳なくて。」

 

かわいそう

 

この言葉は、誰でも普通に使いますよね。

 

悲しい話を聞いたときなどは、かわいそうに、と思う事は誰にだってあります。

 

上記のお話などは、カウンセラーや心理学を勉強している人であれば、わかりますよね。

罪悪感というやつですよね。

 

かわいそうと思う心理は、相手の事を思う気持ちも、もちろんあるのですが、実は別の感情も隠れています。

今回のように罪悪感がある場合は特にね。

 

隠れている別の感情とは、私はかわいそうでなくてよかった、という優越感なんですよね。

その優越感を持つが故に、「申し訳ない」という罪悪感が出てくるわけです。

 

 

純粋に悲しみを感じているときと、罪悪感を感じているときとでは、同じ悲しみでも深層心理的には、別になるわけです。

 

この二つの悲しみの大きな違い。

 

それは、罪悪感を感じているほうが、大切な事が一つ抜けているんですよね。

 

上記の話を例にすると、確かに子供時代、毎日生活のために水を汲みにいっていたAさんは、大変な事だったと感じます。

しかし、それは大変な事ではあっても、必ずしも不幸なわけではないわけです。

 

昔、障がい者を見ては「かわいそう」と言っていた人がいます。

しかし、障がい者からすれば、確かに不便ではありますが、それは決して不幸とイコールではない。

 

お金がないのは、不自由で大変かもしれない。

でも、それも不幸とイコールではない。

 

かわいそうと言っている本人にとっては、そうなってしまう事は不幸とイコールなのかもしれませんが、皆が必ず不幸なわけではないわけです。

そこを見落としてしまうと、罪悪感を感じる「かわいそう」になってしまうわけです。

 

自分基準で物事を見ているわけですね。

 

つまり、罪悪感を感じる悲しみは「自分はそうならなくてよかった」「じぶんはそんな苦労をしなくてよかった」という、無意識に安堵する気持ちがあるわけです。

 

で、その気持ちを他人に悟られないために、これまた無意識に「かわいそう」と言ってしまうわけです。

言ってしまった段階で、ばれちゃうんですけどね(笑)

 

 

本当に不幸な人は、かわいそうと言って自分の幸せを罪悪感で隠してしまう人たちなのかもしれませんね。

 

 

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