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リーダーシップは自分のため?人のため?

リーダーシップは自分のため?人のため?

 

リーダーシップは、誰のためにするのでしょう。

 

自分のためでしょうか?

誰かのためでしょうか?

 

答えはこうです。

 

自分のためであれ、誰かのためであれ、結果自分を含めたみんなのため、なんです。

 

自分のためだけであれば、それは傲慢になりますし、誰かのためだけであれば、それは自己犠牲になります。

 

例えば、海でおぼれている人を救助に行って、おぼれている人は助けられたけど、救助に行った人は亡くなってしまった。

あまり喜べる結果ではありませんよね。

 

おぼれた人も、救助にいった人も、みんな生きて帰る。

 

この時に初めて、全員の心が救われるわけです。

 

男性心理の中に「生きて虜囚の辱めを受けず」みたいな考え方があります。

行き恥をさらすくらいなら、死んだほうがまし。

これは戦国時代から続く日本人の考え方といえるかもしれません。

 

現代では、失敗するとか、恥をかくくらいなら、死んだほうがまし、みたいな感じになっているのかもしれません。

男性的な考え方だとこうなるのですが、女性的な考え方だと、違う見方になります。

 

どれだけ行き恥をさらしても、必ず生きて帰る。

 

よく師匠から聞かされた話に、桃太郎の話があります。

桃から生まれた桃太郎、鬼ヶ島へ鬼退治に行き、鬼にぼこぼこにされて簀巻きにされて海に捨てられ、海岸に打ち上げられてしまいました。

この状態で、おじいさんおばあさんのところへ帰ることができるでしょうか?

 

さらに、鬼にリベンジマッチをして、おじいさんおばあさんのところに、桃太郎の遺骨が届いた。

なんてことになったら、おじいさんおばあさんは、どう感じるでしょう。

よく「故郷に錦を飾る」という言葉がありますが、おじいさんやおばあさんは、桃太郎が持ち帰ってきた金銀財宝がほしかったのでしょうか?

 

桃太郎は気が付かないわけです。

おじいさんおばあさんは、金銀財宝がほしかったのではなく、たとえぼこぼこに負けても、生きて桃太郎に帰ってきてほしいんですよね。

桃太郎は、自分が金銀財宝以上の価値があることに、気が付いていたのでしょうか?

 

桃太郎のお話は、日本人男性の心理を的確に表現したお話と言われています。

日本人女性の心理をうまく表現した物語は「人魚姫」です。

お暇でしたら、読んでみてはいかがでしょうか。

 

話を戻します。「リーダーシップの抵抗」でお話ししたように、自己価値が低いと自己犠牲が強くなり、欲求が強くなりすぎると、傲慢になります。

 

リーダーシップは、誰かのために行動したことが、結果として自分のためにもなり、自分のために行動したことが、結果誰かのためになる。

自分と誰かの相互の関係性が成立するからこそ、リーダーシップなんですよね。

 

例に出すと、例えば中のいい友人がオリンピックに出場して、金メダルをとったとします。

友人であるあなたは、どれだけうれしいでしょう。

例えば全く見ず知らずの人であっても、日本人選手の活躍や、日本代表が活躍すると、まるで我がことのように喜んだりした経験は、皆さんにもあるのではないでしょうか。

選手たちは、自分のために戦っています。

結果としてそれが国民やファンのためになるわけですが、むかしは 「お国のため」といっては、「期待」という名のプレッシャーに押しつぶされて、結果が出なかった選手もたくさんいたんですよね。

 

マラソンの円谷幸吉さんが、プレッシャーに押しつぶされた例としては有名ですが、本編とは全く関係のない余談になりますが、日本人初のオリンピック選手の金栗四三さんのお話はご存知でしょうか?

 

日本人初の五輪マラソン選手だった金栗四三さんは、ストックホルム五輪のマラソン中に、熱中症で倒れて棄権してしまいました。

 

で、ストックホルムオリンピック開催55年周年の記念式典の準備中、金栗選手がストックホルム五輪で「行方不明」となっていた事に気づき連絡を取ったのです。

「棄権」とは記録されていない、「競技中に行方不明」という記録だったそうです。

彼はまだレースの最中だ。

ぜひこの記念式典でゴールさせてあげよう。

ということで、なんと「54年と8ヶ月6日5時間32分20秒3」という記録でゴールしました。

世界一遅いゴールとしてギネスにも載っていて、まず破られることはないでしょうね。

 

話を戻して、実はこの「期待」が非常に曲者で、リーダーシップのプロセスを、結果として阻害することになります。

 

理由は簡単。

 

期待通りなら当たり前と言われ、期待外れなら、幻滅されたり攻撃されるからです。

一方に期待があると生き、もう一方には必ず「責任」が生じます。

この責任を果たそうとするときに、多くの人は耐えられなくなり、リーダーシップを放棄してしまうわけです。

 

特に得られるものも評価もされないのに、責任だけが重くのしかかる。

誰だって嫌ですよね。

 

ですので、責任回避をする人は、間違いなくリーダーシップの道から外れているといえるわけです。

元の道に戻ってくることはできますが、それは本人の選択次第で、人にどれだけ言われてもダメなんですよね。

 

リーダーシップは、すべてが自分の選択によって進む。

 

リーダーシップは誰にでもできることですが、誰しもがリーダーシップをとれるわけではない、ということですね。

 

 

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