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2016/2/14 手紙

皆様は、樋口了一さんというシンガーソングライターはご存知でしょうか?

 

水曜どうでしょうのエンディングテーマ「1/6の夢旅人」を歌っている人と言えば、知っている人は多いかもしれません。

 

先日、とあるカウンセリングで、老いについての話になったんです。

 

それは、父が老いているのを感じて、そして老いを認めたくなくて怒りを感じると言うものでした。

そして、同時に父親も自分の老いを受け入れられなくて、怒りを家族にぶつけているのではないか、と私は感じたんです。

 

私自身、50を前にして、自分の老いを感じます。

当たり前にできた事ができなくなっていたり、昔は平気だった事が今では平気でなくなったり。

 

老いを受け入れる、というのは、本人にとっても家族にとっても辛い事なのかもしれません。

私は子供を持つ事はありませんでしたが、子を持つ親にとって、親を持つ子にとって、老いと向き合う事は目をそらせない大切な事です。

親も子も、老いを受け入れていく。

そこには、悲しみも無力感も怒りもなく、ただ、愛が残るのかもしれません。

 

樋口了一さんの曲に「手紙〜親愛なる子供たちへ〜」という曲があります。

 

老いていく自分が、子供たちに手紙を残していくという歌詞なのですが、実は樋口さん、お子さんが生まれて間もなく、筋ジストロフィーを煩い、今は薬で小康状態を保っているそうなのですが、楽器を演奏しながら歌う事ができなくなっているそうです。

コンサートなどでも、椅子に座って歌を歌います。

 

病気という形でも、当たり前にできた事ができなくなっていく自分が、子供にどのような言葉を残してあげられるか。

この曲を聴くたびに、私もいろいろと考えさせられます。

 

皆さんがこの曲を聴いたとき、どう感じるのか。

それは皆さん次第です。

でも、人は必ず老いていき、そして必ず別れが待っています。

 

大切な事は、その別れの日まで、愛する人との時間をどれだけ大切にできて、そして、愛してくれた人にどれだけ感謝できるか、なのかもしれません。

 

別れの日が来てもなお、愛する人の幸せを願う事ができる自分でいたいな、と私は感じます。

 

以下、歌詞を掲載いたします。

 

手紙 ~親愛なる子供たちへ~

【作詞】不詳
【訳詞】角 智織
【日本語補詞】樋口 了一
【作曲】樋口 了一

年老いた私が ある日 今までの私と 違っていたとしても
どうかそのままの 私のことを 理解して欲しい
私が服の上に 食べ物をこぼしても 靴ひもを結び忘れても
あなたに色んなことを 教えたように 見守って欲しい

あなたと話す時 同じ話を何度も何度も 繰り返しても
その結末を どうかさえぎらずに うなずいて欲しい
あなたにせかまれて 繰り返し読んだ絵本の あたたかな結末は
いつも同じでも 私の心を 平和にしてくれた

悲しいことではないんだ 消えて去って行くように 見える私の心へと
励ましの まなざしを 向けてほしい

楽しいひと時に 私が思わず下着を濡らしてしまったり
お風呂に入るのを いやがることきには 思い出して欲しい
あなたを追い回し 何度も着替えさせたり 様々な理由をつけて
いやがるあなたと お風呂に入った 懐かしい日のことを

悲しいことではないんだ 旅立ちの前の準備をしている私に
祝福の祈りを捧げて欲しい

いずれ歯も弱り 飲み込むことさえ 出来なくなるかも知れない
足も衰えて 立ち上がる事すら 出来なくなったなら
あなたが か弱い足で 立ち上がろうと 私に助けを求めたように
よろめく私に どうかあなたの 手を握らせて欲しい

私の姿を見て 悲しんだり 自分が無力だと 思わないで欲しい
あなたを抱きしめる力が ないのを知るのは つらい事だけど
私を理解して支えてくれる心だけを 持っていて欲しい

きっとそれだけで それだけで 私には勇気が わいてくるのです
あなたの人生の始まりに 私がしっかりと 付き添ったように
私の人生の終わりに 少しだけ付き添って欲しい

あなたが生まれてくれたことで 私が受けた多くの喜びと
あなたに対する変らぬ愛を 持って笑顔で答えたい

私の子供たちへ
愛する子供たちへ

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