カウンセリングハートを伝えたい、カウンセラー、ヒーラー、セラピストのためのスクール CSS

2016/1/18 21年前(3)

この内容は、昨年1月にメーリングリストで連載したものです。

 

ここから、震災当日の話になります。

当時のありのままを書きますので

痛いと感じた人は読まないようにしてください。

 

当日、全く寝付けません。

出張で早くに家を出なければいけないのに。

 

やっとうとうとし始めた矢先。

 

午前5時46分

 

突然「ドン」という小さな音が響きました。

 

 

そのとたん

 

次々と音がつながり、そして轟音とともに家が弾みだしました。

 

部屋中の荷物はあちこちに飛び交い、ベッドごとからだが跳ねます。

 

頭の上に24インチのプラウン間テレビが落ちてきたとき、死を感じました。

 

ベッドだったから助かりました。

 

 

揺れがおさまって、部屋の中を見渡します。

 

そこは、なにもかもがぐちゃぐちゃになった世界。

 

閉めていたはずの窓が開いていました。

 

 

 

窓から外をのぞくと、駐車してあった車が向かいの駐車場に突っ込んでいました。

 

揺れだけで車が4メートル動いたんです。

 

 

家族の安否を確認すべく、荷物をかき分け扉へ向かします。

 

 

開かない

 

 

荷物が引っかかって、閉じ込められてしまいました。

 

なんとかこじ開け、姉の部屋へ行きます。

 

姉の部屋もドアに何かが引っかかって、開きませんでした。

 

 

ドアの近くに物を置くのはやめましょうね。

 

 

1階にいる両親の部屋へ行きます。

 

両親も無事でした。

 

でも、漆喰の壁は外れて部屋に倒れ込み、やはりブラウン管テレビが布団の上に落ちています。

 

 

一番大変なのが台所と玄関です。

 

玄関は置物や花瓶が割れ、靴の中にガラスが入り込んでいました。

 

台所は言葉にできないくらいの惨状で、足を踏み入れる=間違いなくけがをする、という状況でした。

 

 

全員で一番安全と思われる姉の部屋に入り、ラジオから情報を得ようとします。

 

入ってくる情報は、信じられない事ばかり。

 

余震がくるたびに、お隣の家の瓦がガラガラと落ちていきます。

 

 

 

電気も、ガスも、水道も使えない。

 

 

 

情報もない。

 

 

 

友人たちは、彼女は果たして無事なのか。

 

そんな時間が8時30分まで続きました。

 

 

8時30分に電気が復旧し、家族総出で片付けを始めました。

周りの家は地滑りを心配して避難していましたが、私の家は避難せずです。

 

理由は

「避難しても姉がいれば周りの迷惑になり、いじめられる」という事でした。

 

障害者がいるから、という理由で避難を断念したわけです。

当時は障害者に対する風当たりはよくなかったので、親の判断も選択の一つとしてありなのでしょう。

 

片付けをしていて、やっぱり足をけがしました。

割れた食器が刺さったんです。

想定内の出来事です。

 

テレビで情報を得ながら、片付けを進めていきます。

 

その日は、冷蔵庫から飛び出したイカの刺身と、偶然炊いていたご飯で夜を過ごしました。

 

余震がくるたびに緊張しながら。

 

 

続きます。

 

 

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